私たちの考えるファミリーシップとは

暮らしの知恵
暮らしの知恵

家族のあり方は多様化し、もっと自由になる。

家族って、現家族だけが家族と捉えなくてもいいのではないか?と私は思います。

愛おしく大切に思うことができる仲間や、
価値観を共有できる仲間は、
家族のような存在であり、

そして家族ってスペースは生きる基盤になり、
力を与えてくれる場所です。

自分の本音が言えたり、
ダメダメなところも許し合えて、
損とか得とかの関係ではなく、

ただただ愛で繋がる関係。

こんな関係性が家族の領域の
学びなのかなぁって思います。

実際は家族であっても
損得勘定で繋がっていたり、
許し合うことが出来なかったり
ってことも、沢山あります。
ただただ愛でつながることを
学ぶために派遣された
メンバーが家族になっていて、

ただただ愛で繋がることを学ぶ
最善の相手だったんだぁと
気づくと、関係性が変わったり
します。

私たちが生きていくなかで、
家族の領域って、土台、基盤の部分。
木だったら根っこの部分になりますよね。

この根っこはいつからでも、
気づいた時に、愛情をかけて
育てることが出来ると思うんです。

人は皆、母親から生まれますから

愛というと母の愛を一番に思い浮かべる
かもしれませんね。

しかしその当たり前の母の愛や、家庭、家族に
課題やトラウマが多いのもまた事実。

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家庭環境のなかでうまく温もりを、
得られなかったと感じて育つと、
温かい家族のような温もりや、
愛ある交流を心の奥底で
ずっと求め続けながらも、
傷つくことを恐れ、素直に愛を
表現できずに関係をほじくって
余計に傷つくことをしてしまいがち。

だから、母親という仕事って、
世界平和に直結するほど、
重要な愛のお仕事。

お母さんが愛であれば
この世界は愛しかないと
思って疑いがない子に育つと思うんです。

私が育った家庭は特に大きな家族間のトラブルはなく、裕福でもなければ、貧乏でもない、公務員の親を持つ祖母同居のわりと一般的な家庭で育ったと思います。

しかし、何故か私は大きな孤独と居場所の無さを感じて育ち、15歳で家を出ました。

22歳で結婚してからは、自分が育った家庭とは少し違う家族の生き方やあり方の選択をするようになったのです。ここで我が家のパートナーシップ、ファミリーシップについて書きたいと思います。

現在私も夫もそれぞれでフリーランスとして
仕事をしています。

夫が起業したのは、長男を出産した直後です。

始めての出産を自宅出産。
お互いに強烈ないのちの光を観る体験をしました。

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いのちの光を強烈に放つ、
生まれたばかりの我が子を観たとき、
「自分を偽って生きることなど出来ない!」
そんな思いが湧いてきました。

夫はすぐに仕事を辞める決意をします!

「よし!家族のために頑張って仕事するぞ!」

「しっかり稼ぐぞ!」

と思うのが普通かもしれませんね。でも私たちにはお産を通して、より自分らしく生きることが、この子の為になる!と直感的に感じたんですよね!

そしてフリーランスでネイチャーガイド
としてやることを決意。

私は22歳でしたが、
18歳から銀座でホステスをしたり、芸能界という世界を見て、お金と欲と社会の闇を垣間見たんですよね。
その結果、精神性を高めることや魂の成長に興味深々で、地球に優しく生きる実践をしたいと思っていました。

夫の仕事は
「人と自然の架け橋」がテーマで
それはとても地球が🌏喜ぶことだ!

地球に優しい生き方をしたら食いっぱぐれることはない

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そんな風に信じていました!実際は月10万円でも精神的に豊かに過ごし、その中でもきちんとやりくり出来て、家族で1か月間の海外旅行にも行ったりと幸せな暮らしでしたよ。

ちなみに10万円でやりくりする為に、まず食費は2万5千円に抑えて、食材はオーガニックで揃えておいて、
おやつもご飯も全部手作りをし、外食はせず、どこに行くにも3段の漆のお重にご飯やおやつをたっぷり詰めて持って行くことで、オーガニックでも食費を抑えて暮らすことが可能でしたし、野菜などは自分でも育てましたし、またご近所からたくさんいただくので、そのおかげもありましたね。

家賃2万円の町営住宅で暮らしていましたので、これがまたラッキーなことに新築で広くて快適な住まいでした。笑

今考えると、あの当時の私は何の曇りもなく、ナチュラルライフに没頭し、日々穏やかに無欲に、
ただ目の前のことを大切に、愛して生きていたんだなぁと思います。

そして夫の仕事が忙しくなり、同時に私も小さなオーガニックカフェを任されることとなり、
夏の間だけ、普段家族に作っているような自然食をお客様にも食べて頂く機会ができ、子どもをおんぶしながらやっていた。

そんな時代を経て、
私たちは家族で豊かに暮らしを
たのしむフリーランスの基盤を築いた。

そしてそこそこ収入が安定した頃に、
2011年東日本大震災が起こる。

この震災を境にして
私たちの暮らしはまた大きく変わった。暮らし方に
満足出来なくなってしまった。

「もっと農業をしたい!お米を育てたい!
 古民家に住みたい!自給自足がしたい!」

そして長野県へ移住。
古民家をセルフリフォームしながら、
畑や田んぼをする暮らしが始まった。

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ここからは、本気で自給自足の暮らしにエネルギーも時間も注ぐようになるため、収入は下がりましたが、
自給自足を目指していたのでお金がなくても豊かでしたよ。

そして少しづつ私もお料理での仕事をはじめ、

2016年にわのんを創業することになりました。

私が起業したことで収入も倍になり、
経済的にも満たされてきました。

子どもが幼い頃に、目先の現金より
目の前のいのちと向き合う時間を
大切にしてきたこと、
目の前のいのちを愛し育むことが、
あとあと私たち家族の強固な基盤となり、
自分自身への誇りや尊厳となっているように感じます。

私たちは子どもたちに残したい財産とは
お金ではないなぁと思っています。

 

concept

このわの農ある暮らしの今をお伝えします。
本来の生きることに命(時間)を使い
癒しやつながりを感じ、
あたたかな地球家族のような気持ちになれる
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